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2019年10月29日 (火)

取調べの録音の証拠化

2016年刑訴法が改悪された。その衆参両院法務委員会での審議に私は法案反対の立場から参考人として出席した。20164月の参議院法務委員会では、1審判決が出たばかりの今市事件を例に挙げて、取調べのビデオ録画を刑事法廷の証拠とすることがきわめて危険であることを強調した。成文堂『取調べのビデオ録画~その撮り方と証拠化』(小池ら編著)などでも度々警告した。

 

周防正行監督は、「映像には情報が膨大に詰まっているので、人は映像の中に見たいものしか見ない」と指摘し、取調べ映像を判断に用いるのは無理であるという(拙稿「可視化は弁護をどう変えるか」『可視化・盗聴・司法取引を問う』日本評論社2017年)。裁判の公判中心主義に反し、裁判所の自殺行為である。フランス、イタリア、台湾、韓国の裁判所では、ビデオ録画が公訴事実を直接証明するための実質証拠としては用いられていない。

 

法案成立後、さすが裁判所は、ビデオ録画の証拠化に消極的な姿勢を示した。最近は、録画は排除し、録音のみを証拠採用する例が出た。録画と録音は大きく異なるから、まずはこの姿勢を評価したい。

 

しかし、一部録画だけでなく一部録音にも共通の危険性があることは否定できない。録音を証拠化するなら、全部録音し、それを弁護人に開示すべきであろう。そうしなければ、いいとこ取りの誹りを免れない。

 

 

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