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2017年5月30日 (火)

加計学園問題の核心―忖度だけで実現するか

そこに実名が登場し、前文科次官までその存在を認めた内部文書。客観的に見て、誰も否定できないにもかかわらず、相変わらず「怪文書」扱いする官房長官たち。ろくに調査もしないで「確認できない」と言い、やり取りを「記憶にない」として逃げ、「再調査しない」と開き直る官僚たち。挙句の果ては、どこから入手したのか、人格攻撃。

子供たちは、偉い人はウソをつく、ウソをついてもいいのだ、と思うだろう。教育上最悪だ。もちろん、裁判所であれば通用するはずがないし、国民の中でも通用するはずがない。

文書の存在は決着済み。そんなことよりも、加計学園問題の核心は、首相の意向が示されたか否か、である。「指示はなかったろうが、忖度はしたのだろう」とか、「お金が絡まないから違法ではなく、大した問題ではない」とテレビでコメントする学者がいる。

内閣府が忖度だけで動くか。いくら首相と理事長が「腹心の友」だと知っていても、それだけで勝手に忖度して、役所として異例の措置をとるか。そんなリスキーなことをするはずがない。首相の意向がない限り、動きようがない。裁判所であれば、これだけで意向が出されていると認定するであろう。間接証拠で十分である。

政権の私物化も極まれり、こんな日本に未来はあるのか、と思いたくなる。権力トップの腐敗について、こんな滑稽な、見え見えのごまかしをするとは。これが通用するところを国際社会に見られるのは恥ずかしい。何よりも、子供たちがこの茶番劇を見て、まともに育っていくのか、心配だ。

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