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2016年3月

2016年3月24日 (木)

パトカーの追跡にも問題あり

昨日、深夜、世田谷でパトカーが不審車を追跡したところ、不審車が猛スピードで逃走し、タクシーに衝突し、タクシー運転手が亡くなったと報道された。タクシー運転手には何の罪もないのに、何とも気の毒な話だ。不審車は酒酔い運転をしていたという。
悪いのはもちろん不審車であるが、パトカーの追跡に問題がなかったか。パトカーが猛スピードで追跡するような状況にまで、対応すべきなのか。そうなれば、2次被害の確立が高くなる。
ニュージーランドでは、時速150キロで逃走する車をパトカーが追いかけてはいけないというガイドラインがあるという話を、私のブログ(本年1月7日付)に書いたばかりであった。
犯人を取り逃していいのか、という疑問が出るであろうが、そのために次なる事故を起こしていいのか、という問題である。大局的に見れば今回のような事故は充分起こり得るのだから、パトカーは追跡をしないで、緊急連絡により道路を封鎖する等の対応をすることも検討してよかったのではないか。その結果、取り逃がしてもやむを得ない、という考え方はあり得るのだ。
この際、ニュージーランドの合理的思考方法を大いに参考にしたらどうか。

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2016年3月12日 (土)

国連に抗議するのか?

女性差別撤廃委員会の勧告に日本政府が直ちに抗議したという報道に接して、びっくりした。これまで、国際条約機関の勧告に対して、政府が反論したり、無視したりすることは度々あった。それ自体恥ずかしいことではあるが、抗議とは、何とも大人げない。

日本政府は、以前、条約機関の委員は、単なる専門家の集まりに過ぎず、その意見は正規の国連の意見ではないと強調していた。しかし、国連人権委員会が2006年国連人権理事会に格上げされ、正規の国連機関である国連人権理事会が、各種条約機関の勧告を守るようにと勧告するようになって、条約機関の勧告は実質的には国連そのものの勧告といえることが明確になった。最早、日本政府も、国連の意見ではない、とは言えなくなったし、実際、言わなくなった。

従って、今回の日本政府の条約機関に対する抗議は、国連に対する抗議という性格をもつ。

今回、日本政府は、従軍慰安婦をめぐる日韓合意を委員会があまり評価しなかったことに苛立ったようだ。しかし、合意文書もなくて、条約といえるのか、条約というなら国会の承認が必要だと、韓国の国際法学者パク・チャンウン先生がハンギョレ通信で鋭く指摘している。

連想するのは、2013年拷問禁止委員会で、アフリカのモーリシャスのドマ委員(当時、最高裁判事)が、取調べに弁護人の立会いを認めないのは捜査妨害になるからだなどと弁明する日本政府に対して、各委員のいらだちを代弁する形で、「日本は中世だ」と発言したことに対して、日本の国連大使が「日本はこの分野では世界で最も先進的な国の一つだ」と開き直ったところ、会場の失笑を買い、これに対して「シャラップ!」と叫んだことだ。このとき委員会を傍聴していた私たちはびっくりした。委員会に対する公然たる挑戦的発言だと思った。日本が同じジュネーブの地で国際連盟を脱退した時もこうだったのか、と私のブログに書くと、翌日、52000件ものアクセスがあり、またたく間に広がった。

今回の日本政府の抗議は、このシャラップ発言よりも度を超えている。それは、委員会の中でのハプニング的なやり取りではなく、勧告がなされたことに対する政府の公式な対応であるからだ。

その抗議内容に客観的にみて正当性があるならともかく、国際社会から見て、むしろ恥ずかしい対応である。そんなことで国連を敵に回していいのか。それで、日本の常任理事国入りなど、どこの国が支持するだろうか。

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