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2016年1月 7日 (木)

ニュージーランドの合理的思考余話

   昨年8月ニュージーランドでお世話になった西村弁護士が正月休みで一時帰国された。久し振りに会いましょうと誘われ、昨晩夕食をともにした。そこでお聞きした面白い話…。
  ニュージーランドでは、時速150kmで逃走する車をパトカーが追いかけてはいけないというガイドラインがあるという。逃走車やパトカーが事故に遭い第三者も巻き込んで死傷者が出るリスクと犯人を取り逃がすリスクを天秤にかけて、死傷者が出るリスクの方を重視するのだ。日本ならきっと、犯人を逃がしていいのか、事故にならないように走ればいいのだ、と非難されるだろう。
  長時間、長期間の徹底した取調べでウソの自白を強要されえん罪が生まれてきたとの指摘に対して、取調べ時間を規制して真犯人が自白せず放免していいのか、えん罪にならないように気をつけて取調べればいいのだ、という反論と共通している。
  徹底的に取調べて真犯人をついに自白させたケースもあるだろうが、逆に、取調べの苦しさから逃れるためにウソの自白を強いられたケースもたくさんある。徹底した取調べにより、真犯人を見つけることと、えん罪を生むことは、両方あり得ることで、真犯人の発見とえん罪を生まないことは両立しない。これをトレードオフ関係という。時速150kmを超えて逃走車を捕まえることと事故にならないこととは両立しない。
   科学的にも、統計上も、両立しないからこそ、どこかで適正ラインを引くべきである。しかし、時速◯◯km以上では追いかけない、1日◯◯時間以上は取調べない、それ以上は犯人を取り逃がしてもやめる、という発想に日本はならない。あくまでも犯人を取り逃がないことを事実上絶対視し、それと両立しないリスクに対しては、そうならないように(事故にならないように、えん罪を生まないように)気をつけなさいという精神論でお茶を濁す。
   だから、いま参議院で継続審議となっている刑訴一部改定法案では、重罪事件で取調べの録画を原則とすると言いながら、被疑者が自白しそうになければ録画しなくていいという逃げ道を作って、被疑者の自白を取ることを絶対視し、取調べの規制を相対化する。こうして部分録画でえん罪が生まれやすくなるリスクに対しては、そうならないように気をつけましょうという精神論だけだ。
 科学的、合理的、客観的な、冷静な思考方法を日本社会が身につけるには、これからどれくらいかかるのだろうかと、2016年を迎えて、改めて思った。

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