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2012年11月

2012年11月21日 (水)

『えん罪原因を調査せよ』

<前回に続いて>

 今月7日、東電OL事件再審無罪判決が出た。ここでも強引な見込み捜査が批判された。ゴビンダ氏を犯人と仕向けるような参考人供述調書が強引に作られた。最近のパソコン遠隔操作事件では、4人のうち半分がウソの自白をさせられた。「認めれば不起訴にする」などと自白を誘導されたという(2012116日付東京新聞朝刊)。自白は簡単に作られることが国民の目にさらされた。このような取調べ方法と決別するためには、取調べに弁護人が立会うことが不可欠である(同月10日付琉球新聞社説)。諸外国では、とっくに実現している。

 ところで私は、2010年足利事件再審無罪判決をにらんで、えん罪原因究明第三者機関の設置を呼びかけたところ、当時、各社から取材を受けた。日弁連内にワーキンググループを作り(私は副座長に)、20111月、えん罪原因を究明する第三者機関の設置を求める日弁連意見書を公表するに至った。

このような流れを受けて、今回の東電OL事件再審では、弁護団が、弁論や記者会見で、裁判所の責任を指摘し、えん罪原因を究明する第三者機関の設置を求めた。

そのためか、この無罪判決報道では、1審無罪判決を覆した高裁、最高裁の責任を問い、捜査機関や裁判所から独立したえん罪検証第三者機関を設置すべきという論調が多く見られた。日弁連意見書に触れる報道もあった(2012118日付読売新聞社説)。DNAデータベースを第三者がチェックする仕組みを求める報道もあった(同月9日付東京新聞社説)。

 えん罪をめぐって、裁判所の責任が問われたのは画期的である。それは、裁判員裁判の実現と無縁ではない。裁判員もえん罪に加担しかねないという危機感が、裁判所の責任をクローズアップさせたのであろう。

 裁判所の責任を含めて、えん罪原因を探るためには、国会に第三者機関を設置して究明する必要がある。身内だけで分析しても甘い総括しか出てこない。

 第三者機関の設置については、司法の独立との関係を問題にする議論がある。しかし、無罪が確定した事件についてそこに至るまでのえん罪原因を調査することは司法の独立とは関係がない。憲法学者の木下和朗教授は、「『裁判官の職権行使の独立』という司法権の独立の核心を侵さないかぎり、第三者機関を設置することは憲法上許容される。」(日弁連えん罪原因究明第三者機関WG編著『えん罪原因を調査せよ 国会に第三者機関の設置を』勁草書房)とする。

 ところが、先月30日法制審特別部会では、日本の刑事司法をどう改革するかがテーマであるにもかかわらず、東電OL事件再審公判で検察が無罪論告をし、弁護団が弁論で上記指摘をしたことが大きく報道された直後でありながら、これに関わる意見が全く出されなかった。これだけ重大な問題提起がなされているのであるから、せめて誰か一言くらいは触れてほしかった。時代感覚が問われている。今日の特別部会はどうであったろうか。 

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2012年11月11日 (日)

「取調べの可視化」だけでいいのか

一昨日、日弁連主催再審シンポジウム「冤罪はこうしてつくられる」開催。足利事件、布川事件などのえん罪被害者が訴え、ジャーナリストの青木理氏がパネルディスカッションに登場した。

 その終盤、参加した市民が会場から、「日弁連は『取調べの可視化』に偏り過ぎている。全面可視化だけではえん罪を防げない。弁護人の立会がないと、全面可視化かどうかもわからない。そもそも、代用監獄における取調べ(の現状)が前提になっている。」と発言。次の発言者もそれに同調した。ついに、日弁連を批判する意見が表に出てきたか、と思った。

 10年前に取調べの可視化の運動が大阪から始まったときは、刑事司法改革運動の一つとしてそれなりに評価された。しかしそれは、日本の取調べの現状を前提とした議論であり、可視化した方が捜査側にもメリットがあるよというスタンスだった。

しかし数年前から、志布志事件、氷見事件、足利事件などのえん罪が明らかになり、情勢ははるかに進んだ。日本特有の(代用監獄における)長時間、長期間の取調べの在り方そのものにメスを入れる必要があるし、それができる絶好のチャンスが到来している。さらに最近、厚労省事件、小澤政治資金規正法違反等一連の事件、PC遠隔操作事件など、これでもかこれでもかというほど、日本の刑事司法の膿が暴露されている。

パネリストの青木理氏は、「日本の刑事司法は先進国の中では異常に遅れている」と断じ、「今こそ改革の絶好の機会である」と強調した。そこでは、代用監獄問題、人質司法、全面証拠開示されないなどの日本の刑事司法の病巣が的確に指摘された。

2007年国連拷問禁止委員会が、「代用監獄」と「取調べの規制」という2つの項目に整理して、日本政府に勧告した。「代用監獄」問題は以前から指摘され続けてきたのだが、「取調べの規制」という項目立ては刮目すべきことであった(もちろん、警察だけでなく、検察の取調べも含まれる)。この2つのキーワードが日本の刑事司法の根本問題であることが見事に見抜かれたのだ。

ところで、現在進行している法制審特別部会の審議は果たしてそのような問題意識を共有しているだろうか。確か、「取調べに過度に依存している日本の刑事実務を改革しよう」として発足したはずの特別部会であるが、いまの議論状況は心もとない。可視化の中途半端な制度化でお茶を濁そうとしていないか。

いまこそ、取調べ時間を規制し(18時間も、それ以上も取調べることがまかり通る日本は異常である)、取調べへの弁護人の立会を実現することが、日本の取調べの在り方の根幹にメスを入れることになる。今なら実現可能であるし、今を逃したら百年河清を待つことになりかねない。ここにメスを入れることによって、取調べの全面可視化も実現するであろう。私は、日弁連内部でこのように言い続けてきた。賛同する弁護士仲間はたくさんいるし、日弁連も変わりつつあるが…。

私は、その思いを、先月出版されたばかりの日弁連えん罪原因究明第三者機関WG編著『えん罪原因を調査せよ』(勁草書房)に著した(「第2章 えん罪原因の解明から刑事司法の根本的改革へ」)。この本は、日弁連人権大会で100冊完売。一昨日のシンポ会場でも、またたく間に20冊完売した。 (続く)

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