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2012年4月

2012年4月26日 (木)

小沢無罪判決に控訴すべきではない

 小沢無罪判決が出された。当然といえば当然である。

 私はこのブログで、「想定を超えた強制起訴」(2011年1月30日付)と題して、この強制起訴が、本来の趣旨とは異なる方向からなされたことを指摘した。本来は、この制度は、検察が起訴をネグレクトしたことに対処する市民のチェック機能として作られたものであり、小沢起訴のように、検察が起訴したくてもできなかったケースを検察審査会が代替することは制度の想定を超えている、という指摘をした。

 はたして、その後の経緯は、この指摘をますます裏付けた。検察がウソの捜査報告書を検察審査会に送って、その審査を捻じ曲げたということが暴露された。この報告書1通だけではないようである。検察が組織的に検察審査会に対して、強制起訴させる方向に誘導する文書を送ったということになれば、検察が手足として、検察審査会を使って起訴させたということになる。その組織的責任は免れない。

 このように捻じ曲げられた資料に基づいて強制起訴されたことが、本公判廷でも明らかになった以上、今回の無罪判決で終止符を打つべきであって、指定代理人は控訴すべきではない。瑕疵のある強制起訴に基づく審理をいつまでも引っ張ることは許されない。

 そもそも、一般的に、1審無罪判決に対する検察官控訴はすべきでない、という意見が日弁連では強まりつつある。アメリカなどでは無罪判決に対して控訴できないことは、O.J.シンプソン事件やマイケルジャクソン事件などで日本でも知られているところである。疑わしきは被告人の利益に、という刑事司法の大原則からみても妥当であろう。日本では、裁判員裁判でせっかく1審無罪となったものが、検察官控訴により、今度は裁判官だけの控訴審で逆転有罪となった例が既にいくつか出現している。これでは、裁判員制度の趣旨が没却されるといっても過言ではない。

 既に、特捜検察の横暴による小沢つぶしという実態が明らかになっている。石川議員という現職の国会議員を逮捕すること自体がやり過ぎであることも、このブログに書いた。速やかに小沢議員を復権させることこそがいま最も重要なことであろう。

 同時に、検察が検察審査会に対して権力的な誤導を組織的に行った実態を徹底的に解明することが極めて重要である。検察は自らその調査をすると同時に、第三者機関による検証が必要である。

 ただ、今回の件で、強制起訴の在り方についての再検討がなされる可能性があるが、せっかくの刑事司法改革の成果であり、市民のチェック機能として評価されるこの制度を全面的になくすような議論は本末転倒であろう。むしろ、今回のように想定を超えた強制起訴をどのように防ぐか、大変むずかいしいけれども、その仕分けをどうするかという緻密な議論を期待したい。

 

 

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