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2011年4月

2011年4月29日 (金)

あいまいな日本の核政策と災害補償

天災と人災は密接に絡まっている。天災だから人災ではない、ということにはならない。

「原発震災のリスクを評価し、危険度の高いものから順に縮小しない限り、大変なことが起きる」(20052月衆院予算委員会公聴会 公述人・石橋克彦)などと、各方面から原発の地震と津波による危険が国会でも指摘されながら、東電と政府の安全答弁になすすべもなく安住してきた日本。それは人災以外の何ものでもない。

大江健三郎は、「核とはどういうものかという危機の国民的実感において、これまでのあいまいな日本が続くことはあり得ません。」と願いを込めて強調するが、「『あいまいな日本』とは、日本人という主体が、この国の現状を将来において、はっきりしたひとつの決定・選択をしていない、それを自分で猶予したままの状態」(「私らは犠牲者に見つめられている」世界20115月号)をいう。

「日本には政治的な中枢を支える法的制度、純粋な意味での政府、政治上の舵取りがない」(ウォルフレン「誰が小沢一郎を殺すのか?」角川書店)との指摘と見事に重なる。

政官財が一体となって安全神話を振り撒き、それをメディアが後押しする。この無責任社会。あいまいな日本。その背後にアメリカの圧力がある。この構造は、戦後日本の基本構造であり、原発震災はそのことを象徴的に示している。

こうして、地震から本質が見えてくる。福島原発の責任の最たるものが長年の自民党の核政策であったが、この党はいまや、野党面して、他人事のようで、全く反省の姿勢を見せていないことに唖然とする。この党がまた政権に復帰すれば、同じことを繰り返すのであろうか。

さて、補償の問題であるが、阪神淡路大震災の時は、ときの村山首相は、「自立・自助の原則」を強調し、個人への国家補償を否定した。社民党党首がそう言うか、というのも驚きであった。資本主義の最たる国、アメリカは、ロス地震のとき、被災3日後に、FEMA(連邦危機管理庁)が最高12200ドルの小切手を配った。このとき、クリントン大統領は、「非常時の時に、国が、政府が、何ができるか。国民の政府に対する信頼性が問われている。」と述べた。そもそも、自然災害から守るために治水し、被災者に食糧補給することは、昔から、その国の為政者が当然の治政としてやってきたことだ。被災者の生活基盤回復のために公的援助するのは政治が果たすべき当然の責務である(小池振一郎「ワイドショウーに弁護士が出演する理由」平凡社新書)。

弁護士たちが、こうして災害保障の視点を訴えて、ようやく、被災者生活再建支援法が2007年に改正され、家を建てれば最大300万円支給されるようになったが、阪神淡路大震災には遡っては適用されなかった。

今回の東北大地震では、最早、「自立・自助」という言葉は聞かれなくなった。それは、このような運動の成果であると共に、今回の震災が阪神淡路大震災よりもはるかに大規模なものであったからであろう。

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