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2010年7月

2010年7月10日 (土)

内閣官房機密費とマスメディア

内閣官房機密費が評論家やマスコミ人にも渡されていた、と野中広務・元官房長官が暴露したのは、数ヶ月前になろうか。

大問題だと思い、衝撃を受け、翌日の新聞には一面トップで大々的に報じられるだろうと思ったら、小さく扱われた記事が出ただけだった。

これにまた衝撃を受けた。なぜだ!政府から機密費が評論家やマスコミ人に渡され、買収された記者やコメンテーターが政府に有利な記事を書く、あるいは、政府批判を抑えるなどということが許されてはいけない。それは政府による世論誘導そのものであり、国民を冒涜するものである。

そんな重大なことを暴露した野中発言が小さくしか扱われないということは、メディアの感度が鈍いというよりも、自らに火の粉が浴びることを恐れたからだろうかと勘ぐりたくなる。

翻って、国民を戦争に駆り立てた戦前戦中のラジオ放送は、国家が情報を国民に一方的に流し、世論を誘導する格好の武器であった。1936年に全国の新聞社とNHKで構成された公益法人同盟通信社が設立されたが、その助成金が、当初、外務省と陸軍・海軍の経費から支出された。その後、内閣官房機密費から秘密裏に支出され、国策遂行の具となった(里美脩「ニュース・エージェンシー―同盟通信社の興亡」中公新書)。

この歴史は、外務省資金と内閣官房機密費との親和性を示しているといえようか。米軍基地の辺野古移転問題にマスコミ対策などでどれくらい機密費が使われたのであろうか、と想像するが、民主党は、公約に反して、この機密費の使途を一切明らかにしなかった。政権交代により、機密費の使途も明らかにされると思った国民の期待は見事に裏切られた。官房長官が平野氏から仙石氏に替わったいまも、一切明らかにされていない。

野中発言は、機密費とマスメディアのあり方について考えるいいきっかけになると期待したのだが、逆に、マスメディアを震え上がらせているのかもしれない。

結局、内閣官房機密費とメディアの関係は、同盟通信社誕生当時から現在まで、延々と続いているのだろうか。

私がテレビのワイドショーにレギュラーコメンテーターとして出演した5年間は、少なくとも私には何もなかった(笑)が、結構苦労して、かつ楽しくコメントしたことを思い出す(拙著「ワイドショーに弁護士が出演する理由」平凡社新書)。

権力とメディアの癒着は常にあり得ることであり、常にその危険があるからこそ、それを防ぐためにどうするか、知恵を出して防ぐシステムを構築しなければならない。そのために、戦後一時期あった電波管理委員会のような、独立した第三者機関の設置が構想されるべきである。それは、原口総務大臣がいま打ち出している放送法改正案とは似て非なるものであることはいうまでもない。

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2010年7月 3日 (土)

合意形成的民主主義と多数決民主主義

合意形成的(コンセンサス)民主主義は、単なる多数決を超えて、国民の政治参加を最大化しようと試みるものであり、多数派の意思で複数の中から選択する多数決民主主義の先を行く。

多数決原理は、勝者がすべてを独占する対決型であるが、合意形成的民主主義は、合意形成はできる限り多くの観点を考慮に入れることが望ましいという価値観を共有する。それは妥協の模索であるが、決してマイナスイメージではない。積極的に協働し合い、よく調整しようとするプラスイメージである。

様々な利害集団を参加させ、その関係性を視野に入れ、共有し、調整して、幅広い合意を形成する方向を目指す。

それは、様々な方法で権力を共有し、拡散し、抑制しようとするシステムである。民主主義の質、やさしさ、平等性、参政権、民主的代表制の深さと広さの点で、多数決民主主義よりはるかに優れている。

多数決民主主義がアメリカ型であるのに対して、合意形成的民主主義はヨーロッパ型といってもいい。多数決民主主義が小選挙区制、合意形成的民主主義が比例代表制と結びつくことはいうまでもない。ヨーロッパが、民主主義がはるかに成熟していると言われるゆえんである。

ちなみに、対決型の多数決民主主義の国に比べて、合意形成的民主主義の国は、刑務所への収容者数が少なく、刑罰の適用が抑制的になっていることが統計数字上はっきり出ている。

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