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2010年5月17日 (月)

脱官僚の政治主導は内閣主導か、国会主導か

5月15日付朝日新聞「私の視点」に、憲法学者の田村理教授の論稿が掲載された。「憲法を権力制限の道具に」というタイトルである。

法律家からいわせれば当たり前のことであるが、世間は、憲法が何のためにできたか、どうしてできたか、その歴史的経過と意義をあまり知らされていないのかもしれない。中学・高校の社会科の授業で習ったはずだとは思うのだが。

そもそも、憲法は国王の権力(行政権力)を制限するためにできた。

田村教授は、「近代憲法の歴史は、行政権を議会がいかにコントロールするかの歴史だ。」と端的に指摘し、民主党の提案する議員立法の自粛を批判する。

そして、「脱官僚の政治主導は内閣主導でいいのか。国会主導までを目指すべきか。」と問題提起し、小澤幹事長の内閣主導を憲法の視点から批判する。行政権力をチェックする政治主導とは、内閣主導ではなく、国会主導であると、政治主導の内容を分析したところに教授の眼目がある。

国会の委員会を軽視し、その代わりに内閣の陣容を強化し、議員定数を削減しようする小澤幹事長の路線は、結局は、行政権力の独裁への道を開くことにならないか。戦前のナチスドイツや日本の翼賛議会の歴史を顧みれば、それは歴史の逆行といわざるを得ない。

マスメディアには、田村教授のいう憲法の視点で、大きな、歴史的な視野をもった論陣を張って欲しい。…やはり、前回と同じく、マスコミに対する期待と不満でコラムが結ばれてしまう。

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