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2010年4月

2010年4月 4日 (日)

足利事件検証報告書の欺瞞

しめし合わせたかのように、4月1日、最高検と警察庁が足利事件を検証する報告書を発表した。いや、しめし合わせたに違いない。

なぜ、3月26日の判決から、数日しか経っていないのに、報告書がまとめられるのか。

再審公判の無罪判決を組織として検討するにはあまりにも短か過ぎる。判決内容は大体想像できるから、というのであろうか。それでは、判決を真摯に受けとめる姿勢がないと言われても仕方がない。

しかも、菅家さん本人にも、弁護団にも事情聴取していない。一応声はかけたというが、通り一遍の挨拶程度であろう。

二つの報告書に目を通したが、大体想定の範囲内のことしか書かれていなかった。

もっと慎重に自白を吟味すべきだった、鑑定結果に頼り過ぎた、といった抽象的な総括にとどまっている。この程度だったら、誰でも書ける。判決内容を予め想定してまとめたものだから、そんなものだろう。

一応、チェック体制などの表面的な繕い提案があるが、これでえん罪が防げるとは到底思えない。

ウソの自白がなぜ作られるのか。それがなぜ公判廷まで維持されるのか。鑑定資料をどうすれば適切に保存できるか。といった踏み込んだ分析はない。

結局、どうすればえん罪を防ぐことができるか、真摯で、具体的な問題提起は何もなかったに等しい。あえて、欺瞞的といわざるを得ない。

所詮、警察・検察の内部だけで検証することにどだい無理があるのだ。どうしても身内をかばうことになる。また、今回もそうだが、主任ひとりに責任を負わせて、組織自体の責任追及がほとんどない。

将来、国家賠償訴訟を提起されて、警察・検察・裁判所の責任が追及される恐れがあるわけだから、軽々に組織の責任を認めるわけにはいかないという事情もあるだろう。

1980年代に、死刑確定囚の再審無罪事件が4件もあったが、それについての最高検の報告書は公表されていない。数年前の、志布志事件、氷見事件についての報告書は公表されたが、その成果はあったのか。この点は、弁護士会の報告書についてもいえることだ。

要するに、内部組織に任せたのでは、ダメなのだ。

組織を超えた、公的な第三者機関で、えん罪原因を究明し、改善策を検討することがどうしても必要だ。イギリス、カナダなど諸外国では、それが刑事司法改革に結びついている。

という日弁連意見書をまとめた者として、私はこの間、各社から取材を受けた。今回の報告書については、4月2日付朝日新聞朝刊に私の談話が載っている。

冒頭の指摘に戻ろう。今回の報告書が、なぜ、4月1日なのか。年度替りの日だ。組織体制の変わり目だ。従来の組織の責任体制に早々にけじめをつけたい、いつまでも足利事件を引きずりたくない、ということだろう。要するに、早く終わりにしたい、という気持ちが見え見えだ。そうでなければ、判決の数日後に報告書をまとめるなどという非常識で姑息なやり方にはならないだろう。

この報告書で幕引きを図らせてはいけない。

この2つの報告書で終わりではなく、これが出発点だ。早急に調査委員会(第三者機関)を設置して、調査・検証しなければ、えん罪は、また、何度でも、同じパターンで繰り返される。

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