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2010年2月13日 (土)

小澤問題と検察の強制捜査

何となくもやもやが沈殿したままになって釈然としない。

1年前の大久保秘書逮捕は、結局、西松建設からのヤミ献金が立証できず、別件逮捕で終わった。この件は、昨年3月、このブログに書いた。

今回も、水谷建設からのヤミ献金の立証の見通しが立たずに、小澤不起訴となった。特捜がこれだけ血まなこになって鹿島建設などの大手ゼネコンを含めて強制捜査したにもかかわらず、不起訴というのであるから、本当に、嫌疑が薄かったのか、かなりのところまで嫌疑があったが「嫌疑不十分」というのか、真相はわからない。

4億円(最終的には21億円なのか)もの虚偽記載が形式犯と言えるか、甚だ疑わしいが、それでも1年前と同様に、別件逮捕的な印象が免れないのは、1年前と同じパターンであるからか。

別件だけでは通常、逮捕しないのに、本件が疑わしいので別件で逮捕して本件について取調べるというのは、見込み捜査であり、本来許されないのであるが、警察も大事件になるとしばしばこれをやる。再審が開始された布川事件の2人の再審請求人とも別件逮捕から始まった。

別件逮捕して、取調べて、自白を強要するという自白偏重の古い捜査方法はいい加減にやめにしてほしい。

小澤幹事長は、何ら説明しておらず、その道義的・政治的責任は免れないが、釈然としないのは、やはり、検察のやり過ぎからであろう。

捜査情報を小出しにして、マスコミを踊らせ、世論操作するというやり方も目に余るのである。もともと形式犯的であった政治資金規正法を「活用」して、現職国会議員を(別件)逮捕するやり方が常態になると怖い、と元特捜検事の郷原信郎氏が警鐘乱打するのも理解できる。

同氏は、かって一度だけ使われた法務大臣の指揮権発動が、実は、検察が捜査に行き詰まったので検察側から要請したものであることを暴露し、検察をチェックするために、錆びついてしまった指揮権発動の見直しを提案する(「検察の正義」ちくま新書)。

2008年国際人権規約委員会は日本政府に対して、自白偏重から科学的捜査への転換を勧告した。検察・警察は古い捜査方法の見直しを真剣に検討して欲しい。

来る3月4日、日弁連は、えん罪原因を究明する独立した調査委員会(第三者機関)の設置を考える市民集会を開催する。3月26日足利事件無罪判決に向けた、画期的な集会である。

第三者機関を設置して、えん罪原因を究明し、日本の刑事司法全体の総合的改革につなげたい。

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