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2009年8月 9日 (日)

裁判員裁判で示される量刑相場

今日の朝日新聞に、裁判員裁判経験者の男性(61才)の、判決2日後の感想が載っていた。

審理を通じて刑事裁判に対する見方が変わり、「今までは犯人が憎い、厳罰も、と考えたが、必死に生きている中での不幸な結果が事件になることもある。…酒を飲んで問題を起こしてしまう孤独な老人を、共同体の中でどう受け止めるのか」という社会問題として考えをめぐらせたという。

犯罪を社会の問題として、共同体の問題として受け止める、そして、刑を終えたあとにどのように社会に受容れていくか、という視点を共有することが大事である。

ところで、この男性は、裁判所から示された量刑相場についてはあまり参考にしなかったが、求刑意見は参考にしたとして、「弁護側が何年で妥当と思うかも、参考として知りたかった」と述べている。実は、私も、同じ感想をもっていた。

量刑相場(データ)は、評議室にそれを見せる装置があり、評議の場で必ず示されると思った方がいい。私は、データを参考として示すこと自体は、全国的な公平さという意味でもいいと思う。問題はその示し方である。

今回の裁判がどうであったか、マスコミ報道ではわからないが、データを評議の場でいきなり示すのではなくて、公判前整理手続の場で検察、弁護双方に示しておき、その客観性を担保しておくべきだと思う。

そして、弁護側も、最終弁論で、ただ「軽くして」というだけでなく、量刑相場についての意見を述べて、「それでも(あるいは、そうだから)本件の場合は、懲役○年が相当である。」との意見を述べた方が良かったのではないかと思う。

今後、裁判員裁判で、おそらく、かなりの事件が無罪を争うのではなく、情状が争われるであろうから、大多数はこのような形で量刑相場に積極的に関わる方がいいように思われる。

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