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2009年3月

2009年3月27日 (金)

政治資金規正法の虚偽記入と他人名義の寄付

このブログにリンクしている水口弁護士のブログに、「政治資金規正法の虚偽記載の故意とは?」と題するコメントがある。西松建設のダミーである「新政治問題研究会」が実在するなら、どうなるかという問題提起である。

たしかに、この研究会名の口座から振り込まれているのなら、その通りに記載しないで、西松建設からと記載することができるのだろうか。どちらが虚偽記入(25条1項3号、12条1項)になるのか。そのダミーが実在するとみるのか、実在しないと見るのか、どちらにでも評価できそうである。

もう一つの起訴事実である他人名義の寄付を受けた者は3年以下の禁固又は50万円以下の罰金(26条の2、22条の6第3項)の方が適用されやすいのではないかという気もするが、「他人名義」といえるかどうか、同じような問題が出てくるともいえる。

どちらにしても、政治資金規正法違反となるか、微妙であり、無罪になる可能性も否定できない。

しかしそう断定はできないので、小沢代表が、寄付が西松建設からだとは知らなかったと言わざるを得なかったのだろう。そう言わないと、自らに対して、会計責任者の虚偽記入に対する監督責任(25条2項)や、上記他人名義の寄付を受けた責任が問われかねないからである。

ところで、検察は、政治介入ではないと強調しているが、そうであれば、自民党議員の会計責任者に対しても同様に政治資金規正法違反で逮捕・起訴しなければならないのではないか。十数名といわれる自民党議員に対しても、西松建設は同じ口座名を使って寄付しているのであろうから。

いや、どしどし逮捕することが正しいと言っているのではない。このような微妙な政治資金規正法違反容疑で、逮捕すること自体がそもそもおかしい。罰金か執行猶予になるであろう事件で身柄拘束することは比例の原則に反するという韓国などの先進例を見習ってほしい。自民党関係者も逮捕しないとバランスが取れていないのではないか、と言いたいだけである。

検察の異例の記者会見は、この点について何も語っていない。世間が納得しないのは当然だろう。

今回の事態は、もともとは、公共工事の受注の見返りの寄付という汚職構造、政官財癒着の構造を本件とする別件逮捕として始まったのであろうと思われるが、そもそも別件逮捕は許されない。が、往々にして捜査権力はこれをやる。

問題の根源は、企業献金である。企業は、自らの利益にならなければ献金するはずがない。利益にならないのに何百万円も、何千万円も寄付するということは企業に対する背任行為になるだろう。見返りがあるから献金するのである。これは広い意味で贈収賄の構図である。これをなくすことこそが根本的解決である。

そこで、小沢代表は、企業団体献金の禁止を突如唱えだした。自民党が絶対に呑まないと分かっているからあえてブラフとして言っているのが見え見えだが。数年前の民主党の公約をわざわざ削除したのが小沢代表本人なのだから、いまさら何だと言いたくなるが、せっかくそう言っているのだから、この際、民主党の公約として復活させて、企業団体献金禁止の是非を問う選挙としたらどうか。

西松建設からの寄付を知らないと言い、公共工事受注のからくりを説明できない小沢代表が生き残ることができるとしたら、企業団体献金禁止を本気で掲げて民主党の公約とすることしかないであろう。

それが今回の事態の教訓として最も生産的で、重要なことだと思う。

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2009年3月19日 (木)

闇サイト殺人 2被告に死刑判決

昨日の名古屋地裁判決は、2被告に死刑、自首した1人には無期懲役判決を下した。

殺害された被害者が1人の事件で複数の被告に死刑が言渡されることは珍しいが、被害者の母親が3人全員を極刑にしてほしかったとコメントしていたのを見ると、胸に迫る。「厳罰をもって臨む必要性が高い」との判決理由ももっともと言いたくなるのだが…。

このように次々と死刑判決が言渡されていいのだろうか。ヨーロッパでは死刑が廃止されており、韓国では死刑執行が停止されており、台湾でも死刑が事実上数年間なく、このまま停止される雰囲気がある。

世界で死刑執行が増えている国は、日本とパキスタンだけのようだ。中国でも減っている。日本の場合、殺人の発生率がそもそも低いので、人口に対する死刑執行の比率は低いのだが、殺人事件の中での死刑判決の比率は非常に高いといわれる。

なぜ日本だけが突出しているのか。そこに日本人の国民性の危うさを感じる。一面性、複合的見方の欠落、感情的、集団主義、科学的・客観的見方の欠落といった負の側面が見えてくる(日本人の良さもたくさんあるのだが)。

国連での日本政府の答弁が顰蹙を買っているのに、無感覚でいいのか。昨年10月、ジュネーブで、日本政府の「国民世論が死刑を求めているから存続させるのだ」との開き直った発言に対して、国際人権規約委員会の委員が即座に「死刑は人権課題だ。人権課題については、政府は国民をリードしなければならない」と切り替えした光景が忘れられない。

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2009年3月15日 (日)

裁判員の記者会見

先日、新聞協会は、裁判員に判決後の記者会見参加を呼びかけるアピールを公表した。最高裁も、制度の定着のためには重要として協力する姿勢を見せている。

代表ひとりだけというのではなく、記者会見参加を了承する裁判員全員に登場してもらうようなので、大変いいことだ。

制度というのは、このようにして改善が重ねられていくべきものだ。

守秘義務との兼ね合いで、記者会見で、評議などの感想をどこまで話せるか、裁判員に安心して記者会見に参加してもらうためには、具体的な感想の例示を最高裁が示す必要がある。そのために、最高裁は、関係団体と守秘義務と感想の線引きのための協議を早急に行うべきである。

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2009年3月 2日 (月)

奈良調書漏洩事件結審

検察側は6ヶ月を求刑。弁護側は無罪を主張した。

ジャーナリストの草薙さんが嫌疑不十分で不起訴となり、情報源の被告だけが医師の秘密漏示罪で起訴されるというのは、いかにもバランスを欠く。一番の問題は、供述調書を直接引用するような形で出版した出版側にあると思うからである。

医師の秘密漏示罪は、本来、医師と患者との関係における患者の秘密の漏示を想定したものであって、本件のような場合は、その本来の趣旨からははずれたところにある。あるいは、その周辺にあるといえよう。

本件の本筋は、少年法違反にあるが、それに罰則規定がないために、刑法の規定が適用された。

では、ジャーナリストは秘密漏示罪の共犯でなぜ起訴されなかったのか。マスコミの反発を恐れたからではないか。

いずれにしろ、バランスを欠くこの事件の判決が4月15日に言渡される。

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