闇サイト殺人 2被告に死刑判決
昨日の名古屋地裁判決は、2被告に死刑、自首した1人には無期懲役判決を下した。
殺害された被害者が1人の事件で複数の被告に死刑が言渡されることは珍しいが、被害者の母親が3人全員を極刑にしてほしかったとコメントしていたのを見ると、胸に迫る。「厳罰をもって臨む必要性が高い」との判決理由ももっともと言いたくなるのだが…。
このように次々と死刑判決が言渡されていいのだろうか。ヨーロッパでは死刑が廃止されており、韓国では死刑執行が停止されており、台湾でも死刑が事実上数年間なく、このまま停止される雰囲気がある。
世界で死刑執行が増えている国は、日本とパキスタンだけのようだ。中国でも減っている。日本の場合、殺人の発生率がそもそも低いので、人口に対する死刑執行の比率は低いのだが、殺人事件の中での死刑判決の比率は非常に高いといわれる。
なぜ日本だけが突出しているのか。そこに日本人の国民性の危うさを感じる。一面性、複合的見方の欠落、感情的、集団主義、科学的・客観的見方の欠落といった負の側面が見えてくる(日本人の良さもたくさんあるのだが)。
国連での日本政府の答弁が顰蹙を買っているのに、無感覚でいいのか。昨年10月、ジュネーブで、日本政府の「国民世論が死刑を求めているから存続させるのだ」との開き直った発言に対して、国際人権規約委員会の委員が即座に「死刑は人権課題だ。人権課題については、政府は国民をリードしなければならない」と切り替えした光景が忘れられない。
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