2025年9月 2日 (火)

『増補版 えん罪原因を調査せよ』

袴田事件再審無罪判決が確定した。確定判決は、みそ漬けされた衣類について捜査機関による証拠の捏造であると断定した。では、どの捜査機関がどのように捏造したのか、具体的に調査して明らかにすべきだろう。それは国の責任である。しかし、肝腎の捜査側はそこまで踏み込んだ解明をしない。その調査を当該捜査機関に任せることはできないのだ。

大川原化工機事件では検察がなぜ保釈に反対し続けたのか、裁判所がなぜ保釈を却下し続けたのか、明らかにされない。

福井前川事件では、検察は、事件の日のテレビ番組とされた供述が実はその1週間後の番組であったからでっち上げであったことを認識しながら、なぜその供述を維持し続けたのか、何も説明がない。

えん罪を生み出す原因を究明する声が高まり、それを検証する第三者機関の必要性がその都度強調されながら、一向に実現されない。とりわけ権力機関に対しては、それをチェックする独立した機関が必ず必要なのだ。

ついに、『増補版 えん罪原因を調査せよ 国会に第三者機関の設置を』(勁草書房)が出版された。指宿信教授による書下ろし論文「誤判原因究明制度の確立を 袴田事件を教訓として」を追加掲載し、増補版が作成された。
どのような第三者機関が望ましいか、まとまった研究は本書しかない。本書では、「国会原発事故調査委員会」にならって、国会に第三者機関の設置を求めている。
日弁連人権擁護委員会えん罪原因究明第三者機関特別部会編。特別部会の前身は、日弁連えん罪原因究明第三者機関ワーキンググループ。

故西嶋勝彦・袴田事件弁護団長がこのワーキンググループ座長として本書作成に直接関わった。私も副座長として関わり、増補版出版に漕ぎつけた。

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2025年2月 7日 (金)

フジテレビとトヨタ~「ビジネスと人権」から見て

トヨタと日本生命保険が真っ先にフジテレビへのスポンサー提供を降りた。そのスピード感に驚くと同時に、トヨタはさすがグローバル企業だと感心した。

グローバル企業が後進国の労働者を虐待したり超低賃金で働かせるとか、森林大伐採して環境破壊するなどの問題を起こせば、その製品の不買運動が起こされ取引停止、企業価値低下といった事態が発生する。そこから「ビジネスと人権」という考え方が出てきた。

2011年国連人権理事会は、「ビジネスと人権に関する指導原則」を全会一致で採択した。指導原則は、①国家の人権保護義務②企業の人権尊重責任③実効的救済へのアクセスの3本柱で構成されている。

国家の人権保護義務(①)は当然だが、企業にも人権を尊重する責任があるとするのが画期的だ。グローバル企業だけでなく、国内の中小企業を含むすべての企業に人権尊重責任が問われる(②)。しかも、被害者救済のための救済システムの整備が求められることが注目される(③)。企業活動を通じて侵害される人権を救済するために、一企業内部だけでなく、その取引先など関係者すべての人権を対象とするのが「ビジネスと人権」である。

そこでトヨタらは、取引先であるフジテレビにおける人権問題を自社の人権尊重責任として捉え、取引停止措置を講じた。ここで静観すれば、トヨタに対する人権尊重責任が追及され、トヨタ自動車ボイコットなどの事態にまで世界的に発展しかねない。それを危惧したトヨタの素早い行動であったと想像する。さすが世界の大企業である。

いまや、人権リスクに重点を置いた企業活動を展開しないと企業価値が下がるどころか存亡の危機にまで至るという経済システムに国際的になりつつある。そういう時代が到来している。

対照的なのが、フジテレビ。女性アナウンサーの人権侵害の訴えに対して、結果的には、週刊誌で騒がれるまで1年半も放置したことになる。当事者双方・関係者をきちんと調査して適切に対処するという姿勢がまるで見られない。「ビジネスと人権」(②企業の人権尊重責任、③救済アクセス)に対する思慮の欠如がスポンサーの相次ぐ撤退を招き、企業の存続危機まで招いている。まさに「ビジネスと人権」にかかわる典型例になってしまった。

ちなみに、③救済システムの要となるのが国家人権機関の設置である。日弁連は、来る22612時、衆議院第二議員会館において、「ビジネスと人権」の観点から「政府から独立した人権機関」の意義を考える集会を開く。

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2025年1月10日 (金)

袴田事件控訴断念検事総長談話

袴田事件再審無罪判決に対して控訴を断念した検事総長談話によれば、「5点の衣類を捜査官の捏造と断じた」ことに「強い不満」を表明し、「時系列や証拠関係とは明白に矛盾する」とした。しかしここにいう「時系列」などというのは些細な問題であり、仮にそのズレがあったとしても「捏造」の事実が揺らぐものではあり得ない。単にケチをつけているに過ぎない。

そもそも、「控訴して上級審の判断を仰ぐべき内容」としながら、控訴断念することこそ致命的な矛盾であり、控訴断念の理由として何ら説得力をもたない。

控訴断念という結論を維持するために、検察内部向けにあえて矛盾した弁明をせざるを得なかったのかとも想像するが、それにしても、国民に対しては、犯人視を維持したままの控訴断念という異例の談話となってしまう。みっともない、あり得べからざる談話といわざるを得ない。

そんなことよりも、検察調書を捏造とまで断じた点に無罪判決批判を集中した方が検事総長らしい格式ある談話になったであろう。検察は当時、警察署の取調室に出入りし、警察と入れ替わりで自白を強要していた(今市事件も同様の構図である)のであるから、検察調書も捏造といわれておかしくないが、判決がここまで踏み込んで評価したのは前例がない。もっとも、この点は評価の問題であるから、いくら批判しても犯人視にはならず、この点に集中すれば、検察の立場としてはそれなりに納得できるものになったかもしれない。

ところで、袴田事件再審無罪は、何よりも、死刑廃止をこそ真剣に検討すべき時に来ていることを示している。誤審による死刑は取り返しがつかない。袴田事件を再審法改正に繋ぐべきは当然ではあるが。

同時に、えん罪原因を究明する第三者機関を国会に設置することこそ、少数与党時代のいま、喫緊の課題として求められているのではないだろうか。

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2024年8月28日 (水)

『イエスは四度笑った』


畏友のカトリック司祭である米田彰男君が『寅さんとイエス』に続いて、興味深い本を著した(筑摩選書)。
福音書が「イエスが生きた歴史」を修正し、美化し、キリスト教における「教義(ドグマ)」が形成されていることを大胆かつ率直に随所に指摘している。
「右の頬を打つ者には、左の頬を」の意味するところ、「情欲をもって女を見る者は誰でも、すでに心の中で女を姦淫したことになる」という言葉が発せられたシチュエーションなどを分析し、実際のイエスの真意について、従来の福音書の解釈とは異なる新しい視点を提供する。
著者は、現代聖書学の成果を踏まえながら、自信をもって打ち出している。
本書の圧巻は、「追記」であろう。ウクライナ侵攻について、プーチン大統領と共にロシア正教会総主教を批判し、ガザ侵攻については、紀元70年ローマ帝国によるユダヤ王国の破滅に遡り、中東戦争の歴史に触れ、イギリスの「三枚舌外交」を批判し、シオニストたちの原理主義的聖書解釈が「『史的イエス』の『生の言葉』や風貌から遠くかけ離れ、自らに都合のよい解釈を生み出す」と断罪する。
すさまじい迫力であり、ウクライナ侵攻、ガザ侵攻に対する心の底からの怒りに圧倒される。本書を侵攻者たちはもとより、侵攻を悲しむ全世界の人々に読ませたいという思いに駆られる。
聖書を理性的に解釈する著者の本領発揮というべきである。

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2024年7月17日 (水)

『人間の証明』

角川書店前社長の角川歴彦氏が『人間の証明-勾留226日と私の生存権について-』(リトルモア)を出版した。

自らが逮捕・勾留された実体験を赤裸々に述べたものであるが、自らの刑事裁判の決着が付いていない段階で上梓されるケースは珍しい。

日本の刑事司法について、人質司法について、命をかけて告発し、刑事司法改革を求める強い決意が見える。「『人質司法』とは、捜査当局が否認や黙秘をする被疑者や被告人を長期間、身体拘束することで虚偽の自白を強要する日本の刑事司法の実態を指す。」と本書が述べている通りであり、人権侵害の際たるものである。

日本の刑事司法の前近代性について、その根本的欠陥が人質司法、代用監獄という取調べの構造にあることを、私自身長年出版やシンポなどで訴え続けてきた。本書には、アフリカの最高裁判事の「日本の刑事司法は中世」との発言が紹介されているが、これは私がジュネーブでの国連拷問禁止委員会日本審査を日弁連代表として傍聴したとき、その場で実際に聞いた発言である。その模様を、帰国して1週間後に私のブログに書いたところ、1日に52,000件のアクセスがあり、あっという間に世界中に広がった。

本書は今日的問題点をほぼ全面的に簡潔に記載している。ただ、国連人権理事会、国連条約機関から日本政府に対して繰り返し勧告されている国家人権機関の設置について触れられていないのが残念だ。政府から独立した国家人権機関が日本に設立されれば、人質司法の被害者救済や人権侵害の告発、人質司法を打破するための政策提言がたやすく得られるキーステーションとなる。ヨーロッパはもとより、韓国、フィリピンなど世界120ヵ国以上に設置されているにもかかわらず、日本でも2012年に人権委員会設置法案が国会提出されたにもかかわらず、未だ実現していない。

角川氏が「人質司法違憲訴訟」を起こすことを決めた心意気に心から賛同すると共に、日本の刑事司法改革のために共に奮闘することを誓いたい。

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2024年3月20日 (水)

いまこそ、国内人権機関が必要!

ジャニーズ事務所事件などで、国連人権理事会ビジネスと人権作業部会が訪日調査し、昨年8月ミッション終了ステートメントを公表したが、以来、各界に大きな影響を与え続けている。

連合は、同月、「ビジネスと人権に関する連合の考え方」を公表した。

私は明日、「いまこそ、国内人権機関が必要!」というタイトルで国際人種差別撤廃デー記念院内集会において、「国家人権機関の設置を求めて~日本における取り組み」という報告をする機会が与えられたが、ビジネスと人権の視点から国家人権機関の必要性を訴える予定である。

衆議院第2議員会館1階多目的会議室にて12時~14時に開かれる。

 

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2024年1月 8日 (月)

『歌われなかった海賊へ』

1944年、ナチ体制下のドイツ、『究極の悪』に反抗した少年少女の物語」と銘打たれている。連合国軍が迫る中で、ドイツ市民がどのように考え、どのように行動したか。

昨年の本屋大賞を受賞した逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』の受賞第1作(早川書房)。

前作は独ソ戦の戦場が舞台であったが、本書は連合軍占領直前のドイツの田舎が舞台だ。

本書も、前作同様、劇画チックではらはらと先を急いて読み進めたくなる。

主人公や周りの人々、市民たちの様々な変化する思いが複合的、重層的に描かれ、人間の多様性が矛盾なく、いや矛盾に満ちた多様性の総和が見事に描かれている。

そこには、誰が悪くて、誰が良い、と二分することができない人々の生きざまがある。誰もが善人であるが、思想的な立場の違いが狂わせる…。

権力に従う多数の市民たち。連合軍支配前も、支配後も。日本の戦前、戦後を連想させる。

著者の勢いに圧倒される意欲作だ。

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2023年12月22日 (金)

『天路の旅人』

沢木耕太郎著の大型ノンフィクション「第二次大戦末期、中国大陸の奥深くまで『密偵』として潜入した日本人がいた」(新潮社)という触れ込みに惹かれて購読したのは今年初めであった。

でも未だにこの本を時々思い出す。何を思い出すかというと、内蒙古から中国大陸の奥深く、チベットからブータン、ネパール、インドまでの長い旅の中での、地元の貧しい人々との交流である。明日の食べ物さえどうなるかわからないのに、同じ境遇の見知らぬ旅人に分け与える人間の心の持ち様であった。

スパイ小説かと思って購入したのに、その期待は見事に裏切られた。むしろ、長い長い旅日記であり、そこに大した筋書きがあるわけではない。淡々と山歩きする姿であったり、お寺の坊さんたちとのさりげない日常であったりの連続である。

しかし、570頁に及ぶ長編を飽きないで一気に読まがせるのは著者の並々ならぬ筆力であろう。人間とは何なのか、思わず考え込んでしまう。そして、大陸の奥深くの雰囲気に浸るのである。年末になっても、その余韻が未だに残っている。

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2022年8月22日 (月)

『同志少女よ、敵を撃て』

ロシアのウクライナ侵略は、戦後世代の私たちにとっては、戦争というものをリアルに身近に感じさせることとなった。

確かに、戦後間もない生まれの私にとって、祖父母、両親、親戚から戦争の話は聞かされていたし、実際に、伯父に当たる人が何人も亡くなっている。父親を亡くしたいとこが複数いる。また、幼いころ、足を無くした傷痍軍人が路上で物乞いしている姿もよく見かけた。今でも鮮明に覚えている。しかしこれらは、およそ戦争被害の体験であった。

ベトナム戦争は日本の基地から米軍が飛び立っていたが、日本にとっての切迫感はあまりなく、湾岸戦争、アフガン戦争も身近な戦争ではなかった。

ところが、今回のウクライナ戦争は、身近な戦争という感がある。戦後であったはずの今日、現在進行形で戦争が進められている現実を実感させる。あのソフィアローレンの映画『ひまわり』の舞台となった広大なお花畑があるウクライナで今まさに戦争が行われている。同時進行的に報じられるメディアの影響大である。

戦争とは何なのか。おびただしい血を流している人々を思うと、何とかならないのかと悔しさを覚える。

そこで、日本以上に多くの死者を出したソ連の防衛戦争に思いが至る。独ソ戦の実態はどうだったのか。

今年の本屋大賞を受賞した逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』(早川書房)は、ソ連軍の女性狙撃兵(スナイパー)を主人公とした異色の戦争小説だ。五百頁近い長編であるが、一気に読ませる。ウクライナも舞台となっており、ウクライナ戦争の前に出版されているが、まるでウクライナ戦争を予感したように、現在のウクライナ戦争とオーバーラップされる。

スターリングラードとウクライナがこんなに近いとは知らなかった。郊外の戦争も市街戦も陣地戦であり、ひとつ一つ陣地を取っていくのが戦争なのだ。軍隊には様々な任務分担があり、歩兵と狙撃兵はまるで違う。等々、戦争の実態をリアルに壮大に展開する。ソ連兵もドイツ兵も軍人としてはその本性は同じ。が、祖国防衛という社会主義国を標榜する大義名分により異なるところもある。読み進むと、敵か味方か、その線引きも空しくなる。

権力が軍隊を組織し、戦争を進める。戦争を大局的にも、現地戦として具体的にも、トータルに実感させ、かつ戦争の理不尽さを思い知らされる傑作である。

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2022年2月27日 (日)

2022年球春

2022年プロ野球開幕が待ち遠しい。

昨年はオリックスバッファローズのリーグ優勝に小躍りしたが、今年は、日本シリーズも制覇したい。

昨年の日本シリーズは、ほとんど1点差試合であった。前回のブログに、オリックスが負けたのは仕方がないと書いたが、実は、状況次第ではそうでなかった。球界ナンバーワンのバッター吉田正尚の調子次第であったともいえる。

リーグ戦終わりの怪我とデッドボールで2度にわたって欠場したときは、リーグ優勝も無理かと思ったが、ナインが奮起して、何とかリーグ優勝した。吉田は日本シリーズには復帰して、1回戦のサヨナラ逆転打をはじめ、前半は大活躍した。

しかし、シリーズ後半は芳しくなかった。球界で最も三振しないバッターが、ボール球のスライダーにあっさり三振するシーンが続いた。信じられない場面であったが、後に、友人の医者が、あれは明らかに疲れからだと指摘した。病み上がりの体力不足が最後になって現れたのだ。

そういえば、何十年も前のことだが、日本シリーズで広島カープの山本浩二が大活躍しながら、後半、特に引き分けにより8試合目に突入した最終戦で全く不調でカープが敗退したことを思い出した。これは年齢によるものだろうが、昨年の吉田の場合は、病み上がりの体力不足だ。

今年はそういうことのないように、吉田には、怪我をせずにフルシーズン目いっぱい頑張ってほしい。

球春真近。

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